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第2巻 スリーとナイン

予定されていた時刻になり、船は出航する。

どんどん離れていく岸のほうを見つめ、無機質な声で《ソードの3》(スリー・オブ・ソーズ)――スリーはいう。

「ターゲットの乗船を確認した。敵の配置とルートは?」

「ばっちり~」

スリーとは正反対のような間延びした声で、後ろに立つパートナーの少女《ソードの9》(ナイン・オブ・ソーズ)――ナインは答える。

“組織”から派遣された二人の今回の任務はこの船旅の主催者――豪商ハルドル・バールンの暗殺である。

“暗殺”といっても、人知れず殺すのも、警察や遊撃士協会(ブレイサーギルド)に目を付けられない程度に暴れるのも、どちらでも構わない。効率がいいほうを優先するのがルールだ。ただ、このまま船が進み、ハルドルがカルバード共和国に着くことだけは避けたい。彼と強い(つな)がりを持つ共和国の犯罪組織《黒月(ヘイユエ)》に保護されてしまうと、手出しが難しくなる。

機関部などを除き、この船の区画はおもに3つのフロアに分けられる。いちばん下の階は客室で埋まっている。当然スリーたちの部屋もここにある。2階はホールになっていて、夕食会やパーティーなどがここで催される。そして3階にはいくつかの貴賓室(きひんしつ)があるが、現在はハルドルの貸し切り状態だ。彼はそのいちばん奥を陣取っている。

装備を整え、二人は行動に移る。まずは2階のホールに移動するが、そのまえに置き土産も忘れずに。ちょうど夕食の時間になり、2階は客で(あふ)れかえっている。お金持ちや貴族ばかりで、メニューもそれ相応に豪奢なものだ。だがさすがに警戒しているのか、ハルドルはホールに来ていない。

「そろそろ時間か」

スリーが小声で(つぶや)くと同時に、下の階から小さな爆発音が響いた。客たちのあいだに動揺がはしったが、それもすぐに収まった。警備員たちがぞろぞろと1階へと向かっていく。先ほどの爆発はスリーたちが無人の客室に設置した小型爆弾によるもの。威力は大してないが、周りに設置した着火剤とあわせて、小さな火災程度は起こせる。警備員たちを釣る(エサ)としては十分だ。そして――

「こっちもやるよ~」

相変わらず緊張感のない声で、ナインは小さく相棒に宣言する。彼女はドレスのスカート部分をちょこっと摘まみあげ、ふらふらと左右に揺らす。するといくつかの黒い球のような物体が床に落ちる。「ポンッ!」というくぐもった音が響き、ホール中に煙が溢れる。

「な、なにこれ!! コホッコホッ」

「目が……涙が……」

煙幕と催涙ガス。殺傷力はなく、効果も比較的軽いものだが、これで2階のホール全体がパニックになる。

これからスリーとナインは3階で行動を起こす。1階にいる警備員たちが3階に上がるには必然的に2階を通ることになる。その2階がパニック状態になっているなら、かなりの時間を稼げるはずだ。今のところ作戦は順調。とはいえこれで簡単にハルドルを殺せるというわけではない。3階に差し掛かった階段のところでスリーとナインは身を潜め状況を観察する。

「3、4……廊下に5人、かな?」

つぶやくナインにスリーもうなずく。服装からして船員でもなければ招待客でもない。武器を所持しているし、その顔つきは戦闘慣れした人間のものだ。

「猟兵崩れ、か…」

船に務める警備員ではなく、ハルドルが個人で雇った護衛とみて間違いないだろう。ハルドルがいる奥の部屋までは一本道の廊下しかなく、戦闘は避けられない。

「じゃあ、なーちゃんから行くねぇ~」

そう言って、ナインはゆっくりと歩き出す。隠れるつもりも突撃して奇襲をかけるつもりもないようだ。小さな足音に気づき、護衛たちは近づいてくるナインを見る。可愛らしい外見のせいか、それとも敵意すら感じられないせいか、そもそも敵として認識していない。

「お嬢ちゃん、この階は立ち入り禁止だぜ」

「ああ、そういえば下がなにやら騒がしいようだなぁ、だがここは避難所じゃない、はやく帰れ」

口調はやや荒いが、護衛中の猟兵崩れにしては、かなり友好的な態度といえる。

「あの部屋に行きたいの、ダメ?」

言いながら、ナインは奥にあるハルドルの部屋を指さす。昼間の乗船口のときのようなわがままお嬢様演技ではなく、おそらく素の、眠たげでゆったりとした声だった。

「ハルドルの旦那に会いたいってか? 残念ながら今、旦那は誰とも会うつもりはないとのお達しだ」

「どうしても、ダメ?」

首をかしげるナインの仕草に、思わず護衛ふたりの頬がゆるむ。

「ああ、ダメだなぁ」

「そう……残念」

とくに残念がる様子もなく、ナインは抱えているぬいぐるみに左手を添え、そして素早く手を前方へと振り払う。

一瞬、小さな銀色の閃光が走り、一拍置いて、ふたりの護衛がパタンっと倒れる。

見れば、ふたりの首筋にはそれぞれ2本、合計4本の針が刺さっている。

それはナインが武器として(もち)いる毒針である。普段はぬいぐるみの中に隠しているそれを投擲(とうてき)し、経絡(けいらく)の特定の位置に命中させることで、毒が素早く全身を巡り効果を発揮する。状況に応じて数十種類の毒を使い分けるが、毒ではない場合もある。

護衛のふたりに刺さったのは体の自由を奪う神経毒で、死ぬことはないがしばらくは動けないだろう。

Three and Nine - Volume 2-1 (Hajimari)

「うん?」

異常に気づき、何事かと振り返ろうとする奥にいる護衛のひとりが、視界の端で急接近する黒い影を(とら)えた。

それを正確に認識するより先に、白い剣閃がひらめき、3人目の護衛が地に倒れ伏す。

その早業(はやわざ)を成し遂げたのはスリーだった。手にするのは一振りの長剣。刀身が細く、尖端の構造が東方伝来の“刀”(かたな)を彷彿とさせるが、刀身に()りがない。(つば)もまるで一部が欠けているような複雑な構造をしている。

さすがに残ったふたりの護衛はすでに戦闘態勢を整えている。

「貴様ああああ!!」


男は斧を頭上にかかげ斬り付ける。スリーは長剣で受け止め、そのまま鍔迫り合いになる。これを好機と見たか、もうひとりの男は剣を抜きスリーに斬りかかる。スリーは右手をそのままに、左手で腰に差しているもう一本の剣を抜き、相手の攻撃を受け流した。

二本目の剣からは右手の長剣と似た意匠を感じられるが、鍔がなく、さらに幾分か短い。戦闘用ではなく護身用の短剣、といわれても違和感はないだろう。

体格差に加え、右手だけで支えているせいで、斧の男に押し負けそうになるスリー。そこで彼はわざと体と剣をそらし力を逃す。残る勢いで男の体が前へと傾き、それに合わせて左手の短剣が深々と男の体に刺さった。剣の男が再び斬り付けようとしたところ、スリーは深手を負った斧の男を彼のほうに押し付ける。それに一瞬気を取られ、スリーの二本の剣が最後のひとりの護衛を斬り伏した。

Three and Nine - Volume 2-2 (Hajimari)

「さあ、これで――」

“全部倒した”とナインのほうへ振り返ろうとしたまさにその時、ナインの後方にある客室のドアが内側から開け放たれるのが見えた。

武器を構えながら廊下へ飛び出そうとする猟兵崩れ。その狙いは間違いなく背中が無防備なナイン――

警告を発するのも間に合わない距離にいるスリーは一瞬駆けつけようとしたが、次の瞬間、彼の動きが止まった。

――それは、客室から出ようとした敵も同じだった。

「あら~、勘がいいのね」

まるでそうなると事前に知っていたかのように、ナインはゆっくりと振り返る。猟兵崩れが部屋から出しかけた手と足にはいくつかの赤い横筋が浮かんでいて、そこから血が(したた)り落ちている。

「動かないほうがいいよ~下手に動いたら、肉片がたくさん出ちゃうかも」

幼い少女の容貌や表情とはひどく不釣り合いなセリフ。それは単なる脅しではないことを猟兵崩れは知っている。だからそれ以上前へは踏み出せない。極細の鋼糸(こうし)。特殊な加工が施され、ピンッと張った状態では刃物に匹敵する切れ味を持つ。そんなものが客室のドアの外に何本も張られていた。視認が難しいこともあり、もし気づかずに勢いで飛び出していたら、いまごろ血の雨が降りそそぐ惨状になっていただろう。糸の先端は特殊な形の針に繋がっている。無論これもナインの武器のひとつである。噂では扱いが難しいこの鋼糸だけで敵を蹂躙(じゅうりん)できる達人もいるようだが、残念ながらナインはまだその域に達していない。しかしこのように針とのコンビネーションで罠を張ったり色々と活用するぶんには、かなりの脅威になるのは間違いない。

すでに決着がついた勝負の後始末をするかのようにナインは針を投擲し、猟兵崩れがパタンっと倒れた。

このときになってようやく自分のほうを見つめているスリーに気づいたのか、ナインは小さく首をかしげる。

「うん? どうしたの、すーちゃん?」

「いや、なんでもない」

素っ気なく返し、反転する。

そして今度こそ二人はいちばん奥の部屋、ターゲット――ハルドル・バールンがいる場所へ足を踏み入れる。

TO BE CONTINUED


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